カリフォルニアビデオジュース
カンチェルスキス




 

 

 おれは失敬した。ならず者というものがいる。ならず者国家とか誰かが言ってるのをおれは聞いたり見たりした。テレビや雑誌で取り上げられてたんだ。どっかの国のお偉いさんがどっかの国をそう喩えた。詳しくは知らないけど、ならず者クッキーって確かにある。ならず者が作ってるクッキーなんだけど主にマンホールの下で作られてるみたいだ。ならず者は表に出ちゃいけないことになってるからしかたないよな。一応ハンドメイドで、ラリッてるやつもいるから味のほうは保障できない。大きさもバラバラ。中毒作用があるので一回食うと癖になるなんて言うと、ならず者登場という感じがしてくるが、今日は比較的ビオレ日和だ。
 ならず節というものがあったらどうだろう。安来節なんてのがある。どじょう掬いまんじゅうなんてものもある。どじょう狂いマンションがあったらどうだろう。10階建てのマンションに全部屋にどじょうが住んでいて、しかも狂ってるんだ。廊下にも溢れ、郵便受けやエレベーターにも溢れ、屋上でも狂ってビーチエンジョイ道具一式揃えて日の光を浴びてる。サングラスをかけてハシシすらやってるやつがいる。女とやることしか考えてないどじょう。こんなマンションは入るのが嫌になる。というのも、オートロックの玄関の扉にすでに多数のどじょうが狂ったように押し寄せているからだ。でも、そのことはわかってた。クロネコヤマト便の人が訪れた後なんだろう、足元にまとわりついた多数のどじょうにあの帽子が埋もれていた。加藤というネームプレートを発見する。フルネームは、加藤健康器具だ。変わった名前だ。ちなみに、父親の名前は加藤器械体操だ。なら母親その他の親族の名前は?って気になるところだが、あいにくおれはこの二人としか飲んだことがない。それ以上のことはわからないんだ。確かどちらの加藤さんも柏餅が好物だった。柏餅が置いてない飲み屋に行くと、隣に座った客にいっつも柏餅を買いに行かせた。「買いに行かせるなら、店のやつにすればいいんじゃないですか?」っておれが訊いたら、二人の加藤さんが声を揃えて言うんだ。「だって、あいつ、そういう顔をしてんじゃん」隣に座った客はすでに柏餅を買いに外に出たところで、しばらくして戻ってくると、顔に青痣を作って着てたスーツの襟や下のシャツなんかがどす黒く汚れてる。流した血が固まった痕だ。「どうしたの?」って訊いたら、「やくざに囲まれちゃって、でも、大丈夫です。柏餅は死守しましたから」って、パックに入った柏餅を差し出す。二人の加藤さんは、おれのほうを見て、小声で囁くんだ。「な、言っただろ、そんな顔してんだよ」で、買ってきた柏餅を二人は食べるんだが、開けようとした手を止めるんだ。「おい、おまえ。葉っぱはどうした?全然ないじゃないか?あれが最高にうまいんだぜ」「すみません」って用事を言い渡されたやつが本当にすまなさそうに言う。「包丁とか、えーと、ピストルでも、刺されたり撃たれたりしたもので、つい絆創膏代わりに使ってしまいました。ちょっと見ます?」と言って、シャツを脱いで背中の傷に貼ってる柏餅の葉っぱを見せてくれた。二人の加藤さんはやさしい人たちだ。「じゃあ、しょうがねえよ。絆創膏代わりじゃさ」って言って、「こんなもの食えねえ!」って閉まらなくなったドアみたいにパカッと開いてる柏餅パックを壁に投げつけた。「息子よ、今の投げ方の肘の角度、使い方は素晴らしい」って器械体操が言うと、健康器具は答える。「パナシナイコス」器械体操が健康器具を見守る目は、息子の成長を認める目だ。頷いてる。頷き過ぎて首の据わらない赤ン坊みたいになってる。その後の二人には会話なんていらなくて、おれはまるで仲間はずれにされた気分で、キリンの頭の上で冷やしたビールを飲んだ。ぬるくなっていた。キリンの頭上からビールを取って降りるまでにぬるくなっていたんだ。
「ならず節」
 これを踊ればあなたもならず者になれます、みたいなCM打って巨万の富を築いてみようかとおれは考えた。ならず者が踊る節じゃおもしろくない。踊りってのは何でも精神の解放につながってるって理屈今思いついたんだけど、これをやることによって、違う誰かになれりゃいいじゃないか。仁義なき戦いを観て映画館から出てきたやつがみんな肩で風切って歩くみたいな。どうせそいつら信号待ちしてる間にいつもどおり肩を落として小遣いもないし早めに帰って発泡酒でプハーしようとか思ってんだ。さっきまでは人ごみの中を爆弾抱えて突っ走ってるやると覚悟してたのに、ほんの数分間でこれだ。確かにいい夢だった。ほんの数分間の夢。これさえあれば何とか生きていけるってのがおれたちじゃないのか。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。肝心なのは、ならず節を踊ったら、手押し車と一体化してる婆さんや煙くらったコガネムシみたいにふらふらしてる爺さんも、トレンチコート羽織ったシシリーマフィアになるってことだ。例えば、市民体育館とかのフロアで毎週土曜日二時からやるとする。すごくいい天気だ。老若男女問わず、およそ20名ぐらい集まってくる。車で来る者、自転車で来る者、掃除機に乗ってくる者、ヨットレースと間違えて来る者、何でもいいから釘を拾いにきた者、職業はみんな一級茶葉診断士なんだけど、まあ、楽しみというか暇だしでやってきて、みんなでならず節を踊る。フロアに並んだまるで生徒顔のみんなの前で踊りを指導するのは、誰なんだろう。誰だかわかりゃしないんだ。というのも、ならず節って言うだけあって、気づいてみると、体育館のてかりのある床の上では男女20名による「抗争」が起きていて、混雑・混沌・混迷東南アジアみたいな雰囲気になっていて、誰が誰だかわからなくなってるんだ。ダンプで組事務所に突っ込む者、警察の防護線を突破する者、ビルの屋上から大物マフィアを狙撃しようとする者、ピザ配達人を装って大物幹部の愛人を刺殺する者、俺のラムネ飲んだのおめえだなって罵倒しながら弱く握ったグーで相手の鼻の先にある真っ赤なめんちょうを殴る者、君のラムネ飲んだの確かに僕だけど鼻の先のめんちょう殴ることないじゃないかと叫びながらこれリップクリームだよ君さいっつも唇乾燥してるからこれ濡れよと痔の塗り薬をひそかに渡す者、そしてああありがとうさっきはめんちょう殴ってごめんなラムネのことになると人が変わるって俺さよく言われるんだ唇乾いて困ってたんださっそく塗らせてもらうよああなんか苦いような気もするけどきっと中国とかあのへんの産なんだろうね高かった?と微笑みながら訊き返す者、まあちょっと漢方混じってるかもよく効くよそれ塗った後じゃ会議室の椅子に座るのもだいぶ楽になる何て言うんだろう女性で言うと夜も安心みたいな感覚だろうねと笑顔で答える者、けっ知ってんだよこれが痔の塗り薬ぐらい俺がわざわざおめえの前でこいつを唇に塗ったのは今朝彼女と喧嘩してやけになってるからだよ別におめえに義理立てしたわけじゃねえよと言い返す者、僕だってそう思ってたよどうせこいつしらばっくれて唇塗ってんだろうな表情変えずやり通すんだからたいしたものだと思ってたんだよ何これは単なるおべっかさ別に僕の本心ってわけじゃない僕も昨夜妻に逃げられてむしゃくしゃしててつい君のラムネを失敬してしまったんだとインタフォン越し風に告白する者、そうだったのかそりゃつらかっただろうなそういう気持ちは俺人一倍わかるよいいよラムネの一つぐらいまだこの世界はラムネ危機に陥ってないからさと夕陽をバックに泣きそうになる者、うんありがとう友達ってこういうときいてくれると助かるんだよラムネでは到底埋めることのできないものだけれどと夕陽をバックに泣きそうになる者、男はみんなそうだ心の穴だよなと夕陽をバックに泣いた者、穴だよ心のと夕陽をバックに泣いた者、エンドマークを要求する者、エンドマークを要求する者、俺の彼女おめえと浮気してるんだってよさっき知ってさ同級生のIいるだろあいつに教えてもらったんだよ何回ヤッた?あいつと何回ヤッたって日本海をバックに相手の胸倉を急につかみだす者、フ朝からやりだして気づいたら翌朝になってたってぐらいやったよ君の名前叫んでたよちゃんと気づいてあげなきゃ君も一応男だろ?と日本海の荒波を打ち消すようなクールな伏し目を発揮する者、それから二人は和解の寸前までいって再び「抗争」に明け暮れる、それがならず節だ。これを踊ってる間は融和なんて一切ない。銅鑼が始終鳴り響く抗争タイムだ。夕方の午後五時まで行われる。途中煮玉子バイキングを15分間挟んで「抗争」を再開する。ならず節には形やスタイルはない。音楽があるとすればあの黒澤映画のオープニングの曲のようなものか、100円ショップでずっとかかってるような曲だ。なくたってかまわない。たいていの人間が「抗争」のときは、頭の中じゃゴッドファーザーのテーマ曲が鳴り響いてるものだからだ。根各自の雰囲気で「抗争」すればよくて、それはならず者としての普段着の「抗争」だ。
 小さな本当に小さな街の天気のいい土曜日午後二時の市民体育館の一階はリトルバトルロワイヤルになっていて、殺される者は殺されるし、生き残る者は生き残って、20名来たのが最終的には3人ぐらいになる。
 はじまりは確かにあるんだけど、そのはじまりというのがなかなか見えてこない。すぐ混乱して、収拾がつかなくなってしまうんだ。終わりのほうはきっかり五時に終わる。死体は折り畳んでトートバックに入れる。それからスーパーマーケットの野菜コーナーを好きなだけうろつく。そうするとトレイ回収箱が目に入ってくる瞬間が必ず出てくるから、そんときトートバックの死体を取り出し、サンキューの方角に向かって投げる。そうっすと無事成仏される。
 生き残った者は、自分たちの部屋に戻って、風呂上りに冷奴をつつきながらヤクルトを飲むんだ。心地よい疲労を感じている。生き残れてることに満足感を覚えるものの、来週のならず節の時間が気になってくる。来週は生き残れるだろうか。それは確かな不安となって、身体の重心に落ちてくる。
「もうやめてしまおうか、ならず節。自分、ならず者に憧れてるってわけでもないし」
 でも、やってしまうんだ。普段忘れてる本能をむき出しにするために来週の土曜午後二時晴れてても雨が降っててもかまわない市民体育館でならず節をやってる自分を、すでに想像した。自分、基本、ならず者ってわけじゃないですけど、などとつぶやきながら。
 そして、玄関のナイキのシューズの中にシマリスがいつの間にか暮らしてることを確認、デンターの歯ブラシで取れかかった睫毛を落とし、眠れない夜を盗むんだ。










散文(批評随筆小説等) カリフォルニアビデオジュース Copyright カンチェルスキス 2004-05-06 20:45:51
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