【短:小説】あまがえるの雨宿り
なかがわひろか
ドアをとんとんと叩く音が聞こえたので、ギシギシ言う古いドアを開くと、あまがえるが立っていた。
「雨が強くてかなわねぇ。旦那、ちょいとの間雨宿りさせてくれねぇかね。」
僕の部屋はそれほど大きいわけでもないけど、あまがえる一人(一匹?)くらいならそれなりの空間を与えることができるので、快く彼を迎え入れた。
「いやぁ、久しぶりに雨でも降らそうと思ってね。ちょいと頑張りすぎたかな。こんなに降るとは思わなかったよ。」あまがえるはこちらがすすめてもいないのにソファにどっかと座り込み、いかにも喉が渇いているという素振りを見せながらそう言った。
僕は冷蔵庫に入っていたウーロン茶をコップに注いだ。
「わざわざ悪いね。悪いついでにあれなんだけどさ。焼酎でもたらしてくれたら幾分いい感じなんだがね。」
図々しいあまがえるだ。だけど僕も今日はこの雨を見つめながらのんびりとスコッチでも呑みたい気分だった。
「おいしいスコッチがあるんだけど。そっちでもいいかい?」
あまがえるはみどりいろの口を大いに開けて、「いいね。あんたなかなか分かるね。ゲコゲコ」と言った。ゲコゲコというのはきっと喜んでいる証なんだろう。
僕は二人分のスコッチロックをダブルで(あまがえるがどれだけ飲めるのが試してみたかった)あまがえるに差し出した。
「乾杯。」カチン。グラスが重なる。
「ぷはーうまい。やっぱ雨の日はいいスコッチとよき友に限るな。」
あまがえるはそういって一気に飲み干した。なかなかいけるみたいだ。僕は二杯目を注いで、もう一度乾杯をした。カチン。
「それにしてもよく降るねぇ。」あまがえるは言う。「時々配分を間違えるのさ。昔は1mmの狂いもなく降らすことができたんだけどねぇ。年を取ったかな。」
僕には彼の言う配分が何のことか分からなかったけど、とりあえず、まだまだ現役でやれるよ、と彼を励ました
「あんた本当にいいやつだ。どうだい、俺の後釜はあんたがやらないかい?」
聞くところあまがえるの世界では次世代を担う若手が不足しているらしい。
「量はいるんだけどさ。なんせやつらはやる気がない。雨がないと自分たちが困るってことをわかってやいないのさ。」大分酒が回りだしたようだ。あまがえるは僕にそう言って絡みだした。
「人間の世界でも一緒さ。どこの世界でも若者はやる気がない。」
あまがえるはいかにも、という風に真っ赤になった顔を大きく振って頷いた。
「だからって僕だってやる気がある訳じゃないさ。それなりの人生を生きることができて、こうやってうまいスコッチが飲めればそれでいいんだ。だから僕が君の後釜を継ぐのは難しそうだね。」僕はさきほどのあまがえるの提案にちゃんとNOの意志を伝えておいた。
随分飲みすぎたのだろう、あまがえるはすっかり寝入っていた。側にあったスコッチのボトルは、もうすっかりなくなってしまっていた。
外を見ると雨が大分おさまり、雲間から陽が差してきている。
僕はその景色を見ながら、あまがえるの後釜を継いだらどうなるんだろうと思いながらグラスに残ったスコッチを飲み干した。
僕は雨が好きだから、きっと毎日雨だな。そうなるとここは『あまがえる指定避難場所』にでもなるのかな。
あまがえるは大きないびきをかいていて、まだ起きる気配がない。
今夜はここに泊まっていくだろう。
外はすっかり晴れ渡っている。
今日はなかなか悪くない一日だ。ゲコゲコ。