路上の手袋 
服部 剛

昨日の仕事帰り、バスに乗る時に慌ててポケ
ットから財布を出した僕は、片方の手袋を落
としてしまったらしい。僕を乗せて発車した
バスを、冷えた歩道に取り残された片方の手
袋は、寂しいこころを声にも出せず、後部座
席に座る僕の後ろ姿を見送っていたのだろう。 

駅前の駐輪場で、手袋をしようとポケットに
手を入れた時、片方が無いことに気づいた僕
は、今頃無人の夜のバス停で独りきりになっ
た姿を想い浮かべると、それが僕自身の姿の
ように、あるいはしばらく忘れていた誰かの
姿であるように、とても寂しい気持になった。 

自転車に乗り、いつものわが家へと自転車の
ペダルを漕ぐ。ハンドルを握る片方の白い手
が、やけに寒い。毎年冬になると、毎朝・毎
晩、僕の冷えた寂しい手をあたためてくれた
手袋に、ありがとうの言葉もいえないまま、
あっけなく僕らは離れ離れになってしまった。 

僕はまた新しい手袋を買って、寒がりなこの
手をあたためることだろう。今夜も人知れぬ
寂しさを抱えた誰かの白い吐息が、この夜の
何処かで昇ってる。やがて忘れ去られてしま
うであろう、すべての想い出へと路上に落ち
た手袋の姿は遠ざかり、過去へと葬られる。






未詩・独白 路上の手袋  Copyright 服部 剛 2007-02-25 15:28:03
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