影2
yoshi

小さな頃から影踏みが好きだった

だから

今でも雨の日は気分が憂鬱になる

晴れの日は決まって

誰も来ない工場の裏手の空き地に向かった

降り注ぐ陽光の中

僕は自分の影が伸びたり縮んだりするのを

面白く眺めては

飛んだりはねたりして遊んだものだった

友達はいなかった

正確に言えば

友達は欲しくなかった

一人が好きで

だからといって孤独感はなかった

感じないようにしていただけなのかもしれないけれど


そんな僕にも好きな子が出来た

高校1年のときだ

1年最後の席替えのときに

初めて彼女の隣の席になった

髪の綺麗な子で

笑うと右頬にだけえくぼが出来た

僕は彼女に気持ちを伝えようと

来る日も来る日も作戦を練った

あの工場の裏手の空き地で

毎日毎日作戦を練った

目の前に落ちている影が

長く伸びる頃

やっと腰を上げ家に帰る

そんな日々を送っていたある日の事だ

僕はいつものようにいつもの通学路を

いつものスピードで自転車をこいでいた

前方に同級生らしき女の集団が見えた

時おり聞こえてくる会話の中に

彼女の名前がちらちら出てきている

僕は女達の話に耳をそばだてた

断片的に聞こえてくるその話の内容に

僕はショックを隠しきれず

ペダルをこぐ足が石のように重くなっていった

彼女は

体を壊したらしかった

僕らの住む街の一番大きな病院に

入院したと言っていた

退院してくる頃には卒業式も終わっているはずだと・・・


僕は彼女を見舞うべきか悩んだ

悩みに、悩んだ

今まで練ってきた作戦は当然パーだ

作戦を練り直さなければならないだろう

受験シーズンも架橋を迎え

進路の決まったやつらは既に登校してきていない

後は卒業を残すのみなのだ

ひと月足らずの時間しかない

僕は

1年生のあの席で隣になって以来

彼女とは言葉を交わしていなかった

どの面下げて

見舞いになんて行けるものか

何度考えても

僕の中で彼女の見舞いに行ける口実など

見つかりようがなかった


結局

彼女に会えぬまま卒業式が終わり、

春が来て僕は都会の街を一人歩いていた

ぶらぶらと

あまり意味のない4年間を過ごし

いつの間にか

ネクタイを締めていた


雨の日は今も苦手だ

あの空き地に行って影踏みが出来ないから

勇気を持てず彼女の気持ちに応えられなかったから


2年前の同窓会で

彼女の友達だった女に会った

彼女の病気は悪化の一途をたどったそうだ

27歳の誕生日を迎える事が出来ず

この世を去ったのだ

そしてその女は言った

彼女は僕の事がずっと好きだったと


何もしてあげられなかった

どんな言葉もかけられなかった

僕は

なんて臆病者なんだろう


しかし


僕の中で

彼女は永遠となった


雨の日は憂鬱だ

あの空き地にいけないから


上司はさっきからグダグダと小言を言っている

時おり声を荒げながら怒鳴ったりしている

夕方、営業先から帰る途中にある大きな川の川辺で

彼女の事と仕事の事を

半分半分に考えながら

僕は手にした石を

ぽんぽんと放り投げた

応えられなかった愛に

応えられなかった期待に

僕は正面から向き合おうと思った

それがまず

始めの一歩のような気がしたから










自由詩 影2 Copyright yoshi 2007-02-22 23:18:13縦
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