MAKING EPIC
角田寿星
●はじめに●
はじめに すべからく
大きなぬいぐるみを抱いた
可愛いコアセルベートに人生の苦味を少々
タブラ・ラサ
タブラの遠雷のリズム
クレシェンド クレシェンド
地平線を つっと引いて
近くに歩いてくる拍動の 早い朝に
視界には うす汚れた茶色い階段が
ぎしぎしと暗く鳴いているのしか見えないけど
湿った三畳間の下宿で
布団に潜りこんだ君しか見えないけど
●しあわせについて●
むかしむかし
ぬいぐるみをいとおしく抱いたよろこび
ぬいぐるみに布団をかけてあげたしあわせ
記憶する手のぬくもり 君は寝ぼけまなこで
洗面器に水を汲んできて
櫛に水をひたしては
長い髪を梳いている
窓の隙間から湿った冷気が忍び込んでまぶしい
同じ水で顔を洗う
軽く体も拭く
タブラのリズムは もう目と鼻の先で
早くもシタールとギターが空から降りてくる
引き出しから
古い手鏡を取り出して
にい と笑顔の練習をする
少し濁った洗面器の水を
ひとさし指でかき回して
歯は
歯を磨きに 君は洗面所へ降りていく
●あこがれについて●
(ロマンスに憧れることはあるけど
ヒロインも経験してみたいとは思うけど
ミニスカではしゃぐ高校生は少し羨ましいけど
いつも同じジーンズを履いて
悠久のリズムに身を浸しているうちに
なんだか気持ちよくなってしまった
友達とよく屋根には登った
膝を抱えて生きていられるほど
人に囲まれてはいないから)
パンの耳に砂糖をまぶして
それでもコーヒーはきちんといれた
朝ごはん
●不安について●
先だって汚してしまったジーンズが
まだ乾かない 二本しかないのに
空は今日も曇っていて君は短いため息をつく
ため息はスタッカートで
小気味よいギターに変わる
大きな不格好な黒い傘 くすんだトートバッグ
やさしいシタールのピチカート
自転車の鍵を持って
●子守唄●
シャッターの降りたアーケイドで君は自転車を停めた
どこか遠くで三線が聴こえて
君はそっと涙した
●MAKING EPIC●
ぎいぎいと鳴く茶色い階段を昇ると
湿った三畳間の下宿のドアには
「外出しています」の札
カーテンが降りていて
部屋はいっそう暗く
誰もいない
人々の優しいことばは君のもの
絡んでくる酔っぱらいは君のもの
うねるタブラのリズムは君のもの
輝くシタールも君のもの
ひさしぶりに見た夕焼けは君のもの
カップに残ったコーヒーの苦み
河原でホタルを見た
頬をたたく風
あるいは強い雨
ちょっとお腹がすいて
友達の笑顔
青い空
虹
みんな君のもの