メールロボの幸福
ふるる

 今日もロボットは、パソコンの前に座り、スパムメールを送り続ける。
休みなく、こつこつと、プログラムされた通りに、適当な言葉をくっつけて、色々な国や人にメールを送る。

「主人が出張がちでとても寂しいです。どなたでもかまいませんので、こちらにメールを下さい。秘密厳守いたします。美里」

「誰かのぬくもりが欲しいって、ヘンですか・・・・?好きあっていなければ、一緒にいてはいけないんですか・・・・?お願い、メールを下さい。えりなより」

「初めてですが、せいいっぱいがんばります!ミラ」

黙々と送り続けていると、たまに返事が来る。

「美里さんこんばんは。ご主人が出張で寂しいんですね。ボクも妻が出て行ってしまい、寂しいです。寂しいもの同士、慰めあいましょうか。健次郎より」

「一時間いくら?えりなちゃんへ」

「迷惑だから送ってくるなバカ」

様々な内容の返信が来る中、ロボット宛てへ返信が来た。

「ロボットさんへ。いつもご苦労様。君はきっと疲れてなんかいないだろうけど。僕は病気でずっとベッドに寝ています。よかったら返事下さい。マモルより」

ロボットはプログラム通り返事を書く。

「健次郎さま、こんばんは。お返事をありがとうございました。では、詳しいことはこちらのサイトへアクセスして下さいね。
私も登録しています。お会いできる日を楽しみにしています。美里より」

「料金はこちらのサイトで見れますよー。早くあたためて♪えりなより」

「失礼いたしました。今後一切このようなメールは送りません」

「マモルさま、お返事をありがとうございました。私はロボットなので、疲れていませんが、刺激が少ないことは確かです。刺激をどうもありがとう。ロボットより」

ロボット宛てのメールには一律こう返信をするようになっている。大抵はその後返事はこない。しかし、マモルからはまた返事が来た。

「ロボットさんへ。僕も刺激が少ない毎日です。ゴキブリを握って、看護婦さんの目の前で飛ばすのも飽きました。僕は機械の右腕しか動かせませんが、早く動かせるのが自慢です。ロボットさんはゴキブリを捕まえたことがありますか?マモル」

ロボットは目の前を通りがかったゴキブリを、対泥棒用の機能を使ってひょいと捕まえた。いつもはダストシュートへ投げ込んでしまうのだが「ゴキブリを握って、看護婦さんの目の前で飛ばす」という言葉が、どんなプログラムに引っかかったのか、何故その行動を導いたのかわからないが、ゴキブリを胸に設けられたボックスの中に入れた。

「マモルさんへ。先ほどゴキブリを捕まえました。対泥棒用の機能をちょっと使いました。
ゴキブリは、私の体のボックスの中でまだ生きています。刺激があります。ロボットより」

これはプログラムにはない返信だが、臨機応変に言葉をつなぎ合わせていく学習機能も備わっている。ロボットは80年近くスパムメールを送り続けているので、大分臨機応変さに板がついてきていた。

「ロボットさんへ。ゴキブリは元気ですか。僕は調子が悪くて、ずっとネットができませんでした。今日は少し気分がいいです。スパムメールをブロックする機能がどんどん上がってきていて、ロボットさんのをブロックされるのも時間の問題です。僕はがんばって阻止します。マモル」

確かに、ブロック機能は日々進歩していて、ロボットの速度をもってしても追いつかない時もある。ロボットは返信した。

「マモルさんへ。特別なパスワードをお教えしますので、こちらをどうぞ。要人用に作られたものです。ロボットより」

要人用のパスワードをマモルなどに教えていいのかどうか。ロボットはYESと判断した。マモルはロボットにあらかじめプログラムされた言葉や反応以外の新しい言葉と反応を提供してくれる、たった一人の重要(と判断された)人物だったからだ。ワンパターンを避けるための機能だった。

「ロボットさんへ。大事なパスワードを教えてくれてありがとう。僕も大事な詩を教えてあげます。」

ロボットは読み、詩というものがこの世にあるのだということを知った。すぐさま、億という単位の詩と呼ばれるものをダウンロードし、それをスパムメールに応用してみた。
すると、返信率(特に女性からの)が倍に跳ね上がった。ロボットはその結果から、女性というのは美しい表現・夢物語・ポエムの体裁というものを好むのだと学習した。
その後の返信率の高さから、ロボットはスパムメール業界でちょっとした話題になったりもした。

「マモルさんへ。詩をダウンロードしてから仕事の成績が格段によくなりました。ありがとう。」

「ロボットさんへ。この前失恋しちゃいました。同じ病室の子が退院したんです。おめでとうって言えなかったけど、心の中では何回も言いました。マモル」

「マモルさんへ。失恋には新しい恋が必要ですよ。こちらへアクセスして、新しい恋を見つけて見ませんか?」

「ロボットさんへ。僕は身体が動かないので、会いに行くことができません。会いに来てくれる人を紹介してください。僕は18歳なので、権利はあります。」

「マモルさんへ。非常に評判のよい女性を紹介いたします。料金は少し高いのですが、一級障害者には保険が下ります。めくるめく夢の世界をお楽しみ下さい。」

マモルから返信が来た。

「ロボットさんへ。とても素晴らしい経験でした。ほんとうに素晴らしかった。何か世界が開けたような気さえします。
僕はこれから、女性のことを二度と悪く言わないと心に誓います。マモル」

「マモルさんへ。一級障害者用のデータが少ないので、よろしければ不備な点など教えていただければ幸いです。」

「ロボットくんへ。彼女は、僕の腕のことについては話題にしないようにしていました。けれども僕は、そういう気の使われ方は好きではないし、女性に嫌なことを言われて嫌な思いをすることも貴重な経験の一つだと思っています。多分、僕のように思う人は多いと思いますが。」

「マモルさんへ。貴重なご意見をありがとうございました。今後、反映させて頂きます。」

そんなふうにロボットとマモルはメールのやりとりを繰り返した。ロボットを使っている業者も、マモルは結果的にはロボットのメール内容を格段によくした張本人だし、今や客でもあるので、ロボットの仕事に関係のないメールであっても黙認していた。

 そんなある日、ロボットは電源を切られた。そして再び電源を入れられた時、そこはもといた場所ではなかった。そこは病院の一室だった。
ロボットにダイレクトにメッセージが入力された。

「ロボット君ようこそ。マモルです。スパムメールのブロックを阻止できなくなったので、君を買うことにしました。僕は借金まみれです。」
「マモルさんへ。ここは病院で、私はあなたの近くにいるのですね。」
「そうだよ。」
「私の仕事はスパムメールを送ることではないようですね。」その機能は外されていた。
「そうだよ。これからは、僕のように寝たきりの子の相手をしてあげて欲しいんだ。君は上手いから。」

マモルは片方だけ移植された機械の手でロボットの固い体に触れた。コツン、と乾いた音がした。
彼は寝たきりで稼いだお金--それは本当は、彼の身体を完全にサイボーグ化するためのお金だった--を、このロボットにつぎ込んだのだった。

マモルのインタビューより抜粋↓
「友情とか、そんなのじゃないですよ。ロボットはただ、プログラムどおりに動いているだけです。彼は今も昼夜関係なく、子供たちにメールを送り続けています。でも、そんなことはどうだっていいんです。彼と話をしていると僕は楽しい。いつかは飽きてしまうかもしれない。でも、20年間、僕は楽しかった。ただ、それだけなんです。それ以上のもの、彼がより人に近づくことが、必要でしょうか?僕らが彼らに近づいたって、いいんじゃないですか?」

匿名でインタビューに答えるマモルの横で、ロボットはメールを打ち続けていた。

「こんにちは。私はロボットです。プログラム通りの受け答えをするだけですが、一人で病室にこもりきりのあなたの力になれるかもしれません。」

「ミーシャさん、メールをありがとう。お薬をがんばって飲んだとのこと、えらいです。君は本当に、強くて、かっこいい女の子です。」

「幹太くん、5回目の手術は無事に済みましたか。夜中、痛くて眠れなければ、またいつかのように、沢山メールを下さいね。頼まれていた「痛いよメール数」カウントしています。君が記録更新中だよ。」

「ローヤさん、妹さんの病気はどうですか。お母さんが病院から戻って来れなくて淋しいでしょう。お母さんも淋しいんだと思います。またメールを下さいね。」

「セドリックくん、もうメールしない、とあったので、残念に思っていましたが、またメールをくれて嬉しいです。僕はロボットなので、嬉しさを「感じる」ことはありません。それは前回までのメールで何度もやりとりをしました。でも僕は君がメールをくれたら「嬉しい」と書くでしょう。その感情があろうとなかろうと、真実だろうと嘘だろうと、君が信じようと信じまいと、何度でも書くでしょう。」

今日も全世界からロボット宛てにメールや贈り物が届く。金銭は、スペックを上げるために、品物は寄付へ。

ロボットはいまや、病院の隣に建てられたロボット専用ビルの3フロアにまで増築されている。
マモルにとっては相変わらず楽しい話し相手であったし、ロボットも、マモルが次から次へと考える新しいことやすること(なんとマモルは50代で看護婦と結婚し、3人の子供をもうけたのだ)を刺激としてとらえ、マモルは刺激をくれる重要人物として認識されている。

ロボットは孤独を感じることも幸福を感じることもない。だが、もし誰かがロボットに幸せかと聞いてきたら、99%の確率でYESと返答するということは、ロボットにだって予測できるのだ。




散文(批評随筆小説等) メールロボの幸福 Copyright ふるる 2007-02-02 17:26:05
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