鵜飼千代子さんのプロフィールBBS
2010 12/16 20:54[264]
鵜飼千代子

 
 
  蛙   

                       天彦五男 (ピエロ群像 第二詩集)



妻と子供がどこへ行ったかは知らない
ただ子供が三匹殿様蛙を摑まえてきた
ぼくの中を田の面の風が吹き抜けていった

早速 子供に水槽を買ってこさせ
水をはり削り節や金魚の餌を与えたりしたが
蛙は束縛を嫌ってそっぽを向いて抵抗する
そしてぼくらが寝静まるとどう抜け出すのか
天蓋をはねのけ虚無僧は闇路をさまよう
朝になると決まって一匹の牢脱探しに
家をあげての大捕物がくりかえされる

図鑑によればみみずを食すと書いてあるので
糸みみずを与えたり環境に馴染ませようと
みどりの布を水槽の下に敷いたりするが
かたくなに喰物をこばみぼくらをこばむ
一管の尺八を携えどこへ行くのかぼろんじよ
朝になると草の根ならぬじゅうたんの上を
蛙なみに這いつくばって捕物をくりかえす

重しを頭に息がつまるだろう束縛は
ぼくのように酒に酔って忘れることもできず
管を巻くこともできないぼろんじよ
ぼくは水と土と太陽のある自由の世界へ
蛙を放してやれと子供に言うが
どうしてもどうしても飼うのだときかない
子供は三匹の蛙をぼくらになぞらえて
父かえる 母かえる 子かえると呼んでいる

どう説明しようかと土曜の夜の思案投頭
椅子をぎっこ ぎっことゆすっていると
蛙もぎっこ ぎっこと鳴くではないか
しかもぼくの方を向いてぎっこ ぎっこと

吾が子よ許せ ぼくは束縛するのもされるのも
好まない翌日の夕餉どきにもどった子供は
からっぽになった水槽の中の蛙になって
かたくなに夕食をこばんでいる




天彦五男 1937年(昭和12年)生まれ
第2詩集「ピエロ群像」 1976年3月1日刊


 『蛙』   
「詩界」116号 1972年10月 詩集収録時に改作