木霊/ゆめ
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 森田拓也 
こんにちは
テーマはきっと自己犠牲的なことですよね。
自分自身に、やっぱり余裕がないと
自己犠牲なんて出来ない難しさがありますよね。
究極、自分のことは、やっぱり寂しいけど
自分にしか分からないし。
でも、友達とか、友情とか、愛とか、恋とか、
家族愛、兄弟愛…昔から、そういう言葉が
存在するということは、
まあ、自分以外の存在とも、少しだけでも
繋がれる可能性があるのかも知れないですね。
- atsuchan69 
 
作者より:
森田拓也さん

ポイント、コメント有難うございます。

自己犠牲ではないと思います。それが彼らの本望です。

犠牲という言葉が、自分から何かを奪って誰かに与える、ということなら。
産まれた時から他人の為に生きているんです。
逆に、誰かではなく自分の為に幸せになるのが、他人の犠牲になるということ。

マーヴィンの価値観反転銃じゃないですが。
なんでそんなことになっちゃったのか、理由はかくかくしかじかです。

繋がれないことに怯える必要はない、本当は共存というのはとても残酷なことだ、と思っています。

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