完全な闇が取り払われるとき/ホロウ・シカエルボク
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- おぼろん 
前回のコメントを受けて。ホロウ・シカエルボクさんは明朝体オンリーなのですね。そうしたこだわり、分かります。わたしも自分が表現者の立場に立ったなら、最高の効果を求めるでしょう。ですが、今はどうかホロウ・シカエルボクさんの詩をメイリオで読むことを許容してくださいますように。ホロウ・シカエルボクさんの以前の詩と比べると、このごろの作品は「現実」の色調が濃いように思われます。心境の変化なのか? 表現の変化なのか? とわたしは迷うのです。心境の変化も表現の変化も同一のものだとは思っているのですが、ホロウ・シカエルボクさんは、このごろ読者に近づこうとしている(それが不本意だったら申し訳ないです)といったように感じるのですね。ですが、それは悪いことばかりとは言いきれなくって、読者を獲得する役に立つのではないかと愚考します。もっとホロウ・シカエルボクさんの詩は読まれて良い。作者が読者に近づかなくても、ですね。読み直すたびに新しい発見がある。それは短文にしろ、長文にしろ。ただ、長い詩には長い詩の意味があって、それは人生の持続感を感じさせる。生きていることをより実感させる。そのように感じました。これからも様々なシーンにおける様々な詩想を展開してほしいです。追記。CDのブックレット、わたしも魅了されていた時期があります。そぎ落とされたがゆえに、何か伝わってくるものがあると。
- ジム・プリマス 
パンク「モロ」ですね。
---2022/11/07 11:14追記---
パンクは「その状態がモロ(生というか)である」ことを表現したロックン・ロールの一形態であると僕は理解しています。
 
作者より:
〇おぼろんさん

書くとき、自分で読むときのこだわりなので、僕以外の誰かが読んでくださるときには何体でもかまいません。ご自由に…。
最近非常に、社会というものについて考える機会が多く、それは主には非常に底辺の部分でなんですけど、そういう日常が反映されているのかもしれないです。あとこの詩に関して言えば、主人公が女性だということも印象に関係しているかもしれません。
以前とある賞に応募したときに言われたのですが、最近の人って文章がダラダラ続いているものは読めないらしいですよ。僕はどうやら時代遅れのようです(笑)

〇ジム・プリマスさん

モロというのはバンドですか?
パティ・スミスのホーセスを聴いているときに思いついて書いた詩なので
パンクはパンクですね。

---2022/11/14 16:26追記---

ちょっと考え過ぎました。そのまま読めばよかったんですね。

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