神について/グロタン
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 白島真 
無私ということが、しっかり捉えられていると思います。
エックハルトは熱心なクリスチャンでしたが
(当時の名門、パリ大学の学長にまでなっている)、
しかし、その教えがあまりに「真理」に近づき、
結局は異端として、追い出された神学論者ですね。
講義録など読みふけった時期がありました。
その教えは仏教の神髄に近かかったと思います。
無私は絶えず変化し続けていきますが、
その中から詩を掬い取りたいものです。
- ひだかたけし 
---2017/02/02 11:43追記---
その声を聴き取るのが
直観的詩魂
でしょうねv(^o^)
- ツノル 

趣味で詩を書き上げる人が詩人なんて名称を生業にすれば、それは極楽道を興じる人間を指すことになります。
祈りと同じく有り難がられなくなってしまえばただの書き言葉ですが、それでも我々が言葉にすがりつきたくなるのは、そこに言葉を超えた何ものかの力を感じるからでしょう。それは人々が神と呼び表すものの見えない力のことかも知れない。
書き込まれた言葉を読むその目的とは。
書き込められた人々の魂を読むことに他ならないのかも知れないですね。


- 吉岡ペペロ 

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