蓮華譚/黒い翼
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 鵜飼千代子 
曼珠沙華が似合う情念だと思いました。
これでは、お釈迦様の台座にはなれませんね。
- 森の猫 
昨年の夏の上野公園。蓮の花を見た記憶があります。
記憶です・・・写真の記憶かもしれない・・・

痛いです・とっても。
 
作者より:
本田憲嵩さん、羽根さん、どうもありがとうございます。
sadame2さん、鵜飼千代子さん、コメントもどうもありがとうございます。
土屋 怜さん、コメントと私信どうもありがとうございます。

作者メモです。
寺でいただいたハスの種子の甘納豆をいただく機会がありまして、
夜の上野公園のハスの花を観ながらアブラコウモリを観察する恋人を観ていて、
そんなこんなで別の詩を書く前に、
この平凡なテーマを処理しておかないと、新しいテーマでハスが書けない、と。
救いというのは、このハスの人生のようにぐちゃぐちゃになった魂に差し延べられるでろう、と。
蓮華座のハスは、その花の美しさを誉れにしていないのではないのか、と。
「私は過酷な環境の中で立派に美しく咲きました。お釈迦様誉めてください」ではないだろう、と。
むしろ神殿の外で「神様私を憐れんでください」と何度も胸を打つ徴税人のように、
人にも世の中にも、愛も承認も求めることもしない。力尽きるまで耐え忍んでいくことだろう、と。
沼の汚泥は、汚泥じゃなくて、どれだけの生物、微生物にいたるまで、
いきものたちの温床となっているだろう。汚泥は種子と価値の重さは同じだろう、と。

---2010/09/12 21:37追記---
恋人から種子と果実の違いを指摘されました。

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