作者より:
ふるるさん、ポイント第一号ありがとうございます。
まったくポイントがなく、出来の悪さかなあと反省しきりでしたから、ちょと安心しました。
おっしゃるとおり。まさしく深い孤独や破壊と釣り合う何か寄り添う感じがあるのですね。
どうもリルケの詩もそうらしいですが天使は残酷な、つまりネチネチした共同体を踏み潰すくらいの破壊力を持つらしいです。
もちろん放埒に人間が暴力を振るってはいけないです。が風通しがわるいとき、かまわず風穴を空けるときも必要ではないかと思います。
だから生でみたいんですね!確かめたい。クレーにとって絵は何を壊し何を守るものだったかと。
>石畑さん
そうです。ただクレーやベンヤミンにふりかかった災厄は過去にそうだったということには還元できないようにも思いました。
現在の日本の社会での表現の状況もなんとなく楽観できないわけです。悲観しすぎたらしんどいけど。
だから人とか世界とかに対する根底的な感受性を失わないにはどうしたらいいか。
清志郎が死んだらいい人にされてしまう。もちろん危ういくらい善良な部分があって。でも子供のときの私には清志郎は変なおじさんでした。
ある意味で違和感を発生させながら伝えるという工夫を彼はしてたはずです。
ただただ抗議するときもあれば、変化球も投げるのです。社会は今Webの発達で、言論や表現の状況は変わった。
しかし柔軟性を失った社会が人々に災厄としてふりかかることは変わっていない。そこで色んな変化球が投げられたらなあと思って。
大不況の後先の大戦が来てしまったのですが、今回は大不況になっても価値観の間での神神の殲滅戦だけは選びたくないんです。
911でもそうですが、民主主義を守るために逆に暴力が使われる状況はもうあったわけですから。
しかしながら天使シリーズはいいですね!「天使というよりむしろ鳥」とか「泣いている天使」とかもう素晴らしいですね。なんか吉田戦車とか中川イサミとかですね、ああいう感じもいたします。でもマンガとは微妙にちがってて。こういう線を使って、ただならぬ存在の不思議をそのちょっと悪い感じを表現できるのが今も新しい。
実は死と炎も好きだし、もっとすごく記号とか模様みたいなものも谷川俊太郎の「クレーの絵本」に乗っていました。ありがとうございます。
---2009/05/20 13:00追記---