テロと戦争について(再録)/佐々宝砂
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- まんぼう 
- 香澄 海 
同感です。だからこそ、時流に流されない、はみだし者が必要だと思います。
- 石畑由紀子 
私も考えあぐねながら、戦争詩を書かずにいます。そして9.11もまた、絡まった鎖の負の産物のひとつでしかないのでしょう。この鎖の先端はどこにあるんだろう、どうすれば見つけだせるんだろう。わからないからなおのこと、凝視し続けたいのです。
- PULL. 
- 川村 透 
僕が『菱形テロル・ハレルヤ!』『Kiss-Piss ネットワーク』『9月11日の線香花火』の三部作を書いたのは、佐々さんほど明確ではないにしろ視えるものとしてこの空気を自分なり刻み、世界に預けるべきだと思ったからなのです。
- あとら 
- 窪ワタル 
 目を凝らし、耳を澄まして注意深く世界を凝視しよう。
悪はどこにありますか?誰かせいにすることと、能動的な言葉を持たないことは、仲の悪い双子のようだと、そんなことをおもいました。
どうせ変わらないやじゃなくて、変えなくていいの?と自分に問いながら、注意深く、しぶとく、正直であろうとおもいました。
- 北野つづみ 
- こめ 
 
作者より:
>高倉さん

いや関係ないなんてことはないと思うのです。
というよりむしろ関係がおおいにある、と私は思うのです。
>川村さん

この2002.10.10に書いたエッセイのあと、私は反戦の詩を書きました。そしてことごとく失敗したと自覚しました。私には、書けないのです。川村さんの三部作を読み、私はある意味戦慄しましたし、川村さんを尊敬しさえしました。書けないなどと言わず、たとえ失敗しても、私は書くべきなのでしょうか。まだ答は出ません。

訂正履歴:
追記部分を加筆。04-4-9 21:59

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