【HHM参加作品】「yo-yo「紙のおじいちゃん」について」/葉leaf
鵜飼千代子さんのコメント
冒頭の「詩のテクストは祝祭のテクストである。/そこでは、人間は何か現実的な目的のために消費を遅らせることがない。」

に、パラパラと発光しました。
なるほど、様々な「うた」は、そのように生活に根付いている。



yo-yoさんの「紙のおじいちゃん」。

広田修さんが評論の中で繰り返される、「人間が紙になるという暴力」。

冒頭の、
「おまえに綺麗な紙のきもの着せたったら/紙人形のように可愛いんやろなあ」
で、

「孫を紙人形にたとえるなんて、雛流しでもしたいの?」と、そこから先を読まない方も多いでしょう

わたしも、投稿数が多い場所で数を読む時にする、一連切りするかもしれないです。詩集であれば、巻頭詩の第一連で読み切り次の詩集へ、、のような感じですね。



そこが、この詩の「面白味」かもしれない。



はなから、「虫こなーずー、見えないあみーどー」のように「紙」で「結界」をしいていますから、後は徹底して「紙」を使っておじいちゃんを語る。



「人間が紙になる暴力について」気付いてくれる人への、聞いて欲しいひとりごとなのかな。





わたしが読みのがした可能性はかなり高いので、作者にとって歓迎する読者かどうかはわかりませんが、広田さんの評論により「紙のおじいちゃん」、堪能いたしました。