川にはまった言葉の泳法/菊西 夕座
菊西 夕座さんのコメント
瀬田行生さん、りつさん、wcさん、海さん、凪目さん、ありがとうございます。

 
洗貝新さん、シャナナナナナ、オトトケナナ、シャナナナナナ、オトトケナナということで、すばらしい楽曲にオトトケナナを乗せてくださってありがとうございます。「ラ・ラララララララ・ラ・ランドよりも舌は回る」ということで、舌回りも試していただき、光栄しごくでございます。

この「おととけなななな」がどこから流れてきたのかといいますと、やはり「仏の顔も三度まで」~~~ほととけかおもさんどまで~~~ほととけかーおもさささささー~~~ほととけけーもさらさらさー~~~おとととけーもならならなー~~~おととけけーも奈良奈良なーら~~~というふうに奈良の大仏がしだいに溶けていって、三度まで許された罪が、四度目で許されなくなるところを、仏が、というよりも、音ケが溶けたことでどうにか救われたという次第でございます。

これもひとえに、洗貝新さんの寛大なお心が、常に私の詩を叱咤激励してくださるからにほかなりません。洗貝新さんは仏にもまさるオトケ心がそなわっていて、仏の寛容さをさらに上回るその寛「溶」さに、いつも私は救われるおもいであり、すこしでもその溶け心にあやかりたいとの一心で耳をすませ結果、きこえてきた「オトトケナ~」にちがいありません。やはり荒貝さまの貝が、「解」に通じているところに、解凍の篤き精神を見る思いです。

あいにくまだ印税が入ってこないどころか、NHKからは受信料の催促ばかりされる私ではございますが、これからもneedsneeds印税ニーズということで、印税を期待しつつも、だめなときはシェルプミーということで、シェル(貝)さんに期待したいと思います。ありがとうございます。