[198]おまる[2026 03/07 12:52]★1
ものを書くと言うのは思考のフレームですから、自分の置かれている状況が変わることでその思考様式が使い物にならなくなることは、わりとよくあることです。
古今、このようにして群小作家、群小詩人が
泡沫のように忘却の彼方に飛んでいってしまった、
というのも、むべなりというべきで。
目の前にある事象はたしかに興味深いが、その象徴となるような言葉や思考を安易に使わない方が良い。
いつの時代にも、時代によって仮構された歪んだ問題系(例えば「病み」とか「冷笑」とか)があるわけで、そのピットフォールに嵌ると、誇張抜きに人生滅茶苦茶になる。
思考のフレームが物書きの実存の大問題になるのならば、もはや自らそれを解体してしまった方が良いといえるのだろうが、まあ、それはそれで、かなりリスキーな方向。
むしろ大半の人はそれを恐れる。だから「私性」に走るわけですよ。言い換えれば、キャラクター性も込みで評価の対象に入れていくという傾向があって、この業界も徐々に、このあい路に入っているのかもしれない。
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