ポイントのコメント
[洗貝新]
『「萱草に寄す」萱草なんて、!野ユリか?原っぱを歩いていてもパッとしないので気にもしませんね。
『重なり合った夢は、或る日、しずかに結晶した」『四季』より。
何年ぶりになるだろうか。その日さえも忘れてしまっていたコロンボ刑事。
…どうして別れたままに… 昔の恋人の名前、彼にはそれさえも思い出せない。
線路脇に自生している萱草。故郷に向かう列車の中で、その恋人への想いと重なりながら、ある事件の被害者のことを考えていた。
靴の底に着いていた水引草の小さな赤い花の粒。
あれを手掛かりに捜査を進めたが、未だに犯人を特定できていない。
……無念だ…
コロンボには忘れていた故郷の恋人と、事件の被害者である女性が、何故かここにきて重なってしまうのだ。
…そういえば、今年の紅白には「この空を飛べたら」…この歌も聴いてみたいな…
そんな思いもちらりとあたまを過ってしまう。
……あんな豪奢な家の庭で、何故彼女の靴には水引きの花粒が着いていたのだろうか。
そこで犯行に及ばれ死体は運ばたのか、その前に彼女自身が草むらで着床させたのか、紅白で果たして中島みゆきが歌うのか、加藤登紀子が歌えばいいのか、それさえもままならぬままに、ああ、肝臓がきりりと痛い。
昨夜は久しぶりに帰郷する歓びから少し飲み過ぎたようだ。った。 …続く
あなたにも情状酌量の余地は残されてある。抒情詩人ですね。
さすが畿内は粋な詩人。菊西夕座。詩人で肢体派、洒落の立川談志であります。
---2025/10/06 13:07追記---
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