雨のこと/はるな
 
だんは気にしないでいられるけれど、だんだんにたまって、三角コーナーの生ごみのようにときどきは処分をしなくてはいけない。なぜかそれを処分する日は雨の日ときまっている。雨に包んで、そっとお弔いをする。恋のような、後悔のようなもののお弔いをする。
そして次の雨の日まで、またちいさなまちがいを少しずつためて、ちくちくと毎日を過ごしている。
わたしの母は三角コーナーをつかわない。彼女はごみはそのたびごとに埋めるか捨てるかすればいいし、少しの時間とはいえ、ごみをさらしておくのはそちらのほうが不合理だからだそう。三角コーナーをつかわないひとになれたらいいなとは思うけれど、そのひとごとにあったやり方があるのだ(どんな問題に対しても)。

あじさいが、うちの庭にはない。この季節の紫陽花をみると、やはり一株くらい欲しいなと思うのだけど、少したって茶色くひびわれた花弁をみると、やはりやめよう、と毎年のように思う。そのかわりに、ユスラウメの実が、すこしずつ赤くなっていく。もうしばらくすれば、それをついばみに雀がたくさんやってくる。


   グループ"日々のこと"
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