無言の背中/服部 剛
電車の中で、野菜ジュースを飲み終えて
空になったペットボトルを、足元に置いた。
駅に着いて、立ち上がると
すっかり忘れていたペットボトルを蹴飛ばして、
灰色の床をからから転がった。
前にいた、くたびれスーツのおじさんが拾ってくれた。
( なんと、よい人なんだろう・・・
背後で、ドアの閉まった電車が走り出す。
前にいる、おじさんは身を屈(かが)め
駅の柱の下に空のペットボトルを置いた。
( なんと、中途半端な人だろう・・・
それを再び拾った僕は、
歩いてすぐの所にあった、
自動販売機の傍らに開(あ)いた穴に
それを放り込んだ。
( そういえば、自分で蒔(ま)いた、種だった・・・
くたびれスーツのおじさんの、無言の背中は、人波に消えた。
すっきりとした心で改札を出た僕は、
人波の渦の中で立ち止まり、
見上げると、
地上を包む空は、全てを観(み)ていた。
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