「踏み切りの前に立つ人」 〜原民喜「心願の国」を読んで〜/服部 剛
心の闇を抱えて生きている人は多いと思
う。自身が被爆者であり母も妻も失った彼の、弧絶の夜の深さを心
に抱えた希望無き日々を思う時、私は自らの日常の悩みよりも遥か
に激しく引き裂かれた悲鳴が過去にあったことを知り、何故か心の
内に「生きていかねば」という一つの決意が湧いて来るのを感じる。
自らが望むこと無く生まれた悲劇の時代に、心を打ち砕かれた人の
短い生涯の哀しみを、無駄にしない為に。
明日も群集は、無言の行進を続けるだろう。
見上げた真空(しんくう)の空には今も、
五十五年前に地上を去った詩人がいる。
丸い眼鏡をかけた色の白い彼が、
それぞれの日々へと立ち向かってゆく人々に
眼には見えないバトンを渡そうと、
二十一世紀の地上に手を差し伸べている。
* 原 民喜詩集(土曜美術社)より引用しました。
文中の敬称は略しました。
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