吐息が今、/
 
 陰湿な性格の友人は、いかにも自分は不幸だといった口ぶりでぼくに語り掛ける。やれ学校がつまらない、やれ好きな人がいない、やれ大切なことがない。そんな人間はぼくが思うに文学をやればよい。ただ漠然とそう思った。不満を垂れ流す紙屑を産み出せばよい。そして自分の不満の小さきを知ればよいのだ。そしてぼくに不毛な時間を費やさせた罪を悔いるべきだ。ぼくは奴にあって話を聞き始めた時には既に後悔をしていたけれど。
 帰り道、何かの衝動にかられ小説を買った。もう家には買ったは良いが読まずに放置してある文庫が溢れて、畳に根を生やしているというのに。煙草の煙が張り付いた喉をぐる、と鳴らした。眉をひそめてこの日常にくだを巻いた。しかし脇を通りすぎる少年は、すべからくこの日常を、少なくともぼくよりは楽しんでいない。まだ悪きを知らないのだから。
 そんな妄想に、購入した文庫本が入ったビニル袋はかさかさと音を立てて威嚇した。今にも飲みすぎで吐きそうな色をした月までもがぼくをさいなんだ。ひどく惨めな気分になり、文庫本を投げ捨て、カナブンを踏み潰した。声にもならない。そんな吐息が今、夜の街をゆっくり進む。
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