黒田三郎詩集読書記/服部 剛
ら同じ営みを繰り返す日々に収まってゆく。
この人生の虚しさを、黒田三郎は「道」という詩に書いたのであろ
う。
「群集の中を歩く少年」は人波の渦の中で、独りである。僕はこ
の詩を読んで、掌(てのひら)にのせて愛惜(いとお)しむ大切なものは一体なんだろう
かと、しばらく忘れていたことを改めて自分自身の胸に問いたくな
った。今よりも若い頃は、掌の上に大切な、涙の水晶がのっていた。
それを大切に、両手で包みながら歩いていた少年の自分がいた。や
がて少年は大人になり、涙を忘れ、いつの間に包んでいた掌は開き、
両腕を力なく振りながら、群集にまぎれていた。
長い間歩いてきた道を振り返る時、遠い背後の霞の向こうに、哀
しく光るものがある。いつの間に開いた掌から落とし、置き去りに
したままの、涙の水晶が。
* 文中の詩は「黒田三郎詩集」(芸林書房)
より引用しました。
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