紙っぺらに漱石の顔/服部 剛
 
午前零時半
歌舞伎町の片隅
長旅で東京に辿り着いた女は
コートに包(くる)まりしゃがんで
コンビニで買ったおにぎりを
むしゃむしゃと喰っていた

隣で塀にもたれた僕は
熱い缶コーヒーをすすっていた

僕等の前を
酔っ払いのおじさんが
鼻唄まじりにひらひらと
夏目漱石を4〜5枚
冬の冷たい路上に落としていった

僕等は多少心が揺れたが
女はむしゃむしゃ喰い続け
僕は缶の縁を口にあてていた

「あ」

と女が言った

おじさんの背中が湯だって消えた
ネオン街の中から歩いて来た
青年のふたりが
4〜5枚の夏目漱石を迷わず拾っては
きょろきょろ
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