「街路樹を往く人」/服部 剛
 


トルストイは立ち止まり、
先ほどまで握り締めていた石の拳を開いて、
風が運ぶ路傍の花の香りを
手の平の上で弄(もてあそ)んだ。

それを鼻から吸い込んで、
リルケを見つめると、 
瞳を閉じて沈思する詩人は
緑の木々の唄声に耳を澄まし、
風に揺れる葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日に 
日常から身を隠した神の姿が現れるのを観(み)ていた。


( 無言の言葉は、詩人の魂の皮膜を微かに震わせる。

( 樹木の内側を、ゆっくりと蜜が流れ落ちる。


二人は歩いてゆく、
絶え間なく揺れながら唄う緑の木々の下を。
真っ直ぐに伸びる街路樹のトンネルの向こうに見える、
白い光が満ちる小さい出口の方へ
吸い込まれ、遠ざかる、


二人の背中。




   * 丸山薫「緑なる実存」を参考に書きました。




戻る   Point(6)