引き際/宮前のん
 
のよ。それだけ。」


 ああ私ももう若くないなあと、その時彼女は思ったのだそうだ。そして、これから老いさらばえてゆく自分の姿を曝すに忍びないと、若い愛人をふったのである。私と知り合った時、彼女は60歳を過ぎていたが、若い頃は相当美人だったに違いないという容貌の持ち主で、また機智に富み話し上手で、すばらしくモテそうなオバアチャンだった。なんともまあ彼女らしい、潔い身の引き方だと思った。


 物事には引き際というのが確かにあると思う。それを逸してしまうと、醜態を曝すことになりかねない。オペラ歌手だって、しわがれた声でコンサートを続けるわけにはいかない。会社の社長さんだって、いつまでも会
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