地下道の音楽 /服部 剛
 
深夜の地下道 
両脇に並ぶ店のシャッターは全て閉まっていた 

シャッターに描かれた
シルクハットの紳士は大きい瞳でおどけていた 

胸からはみ出しそうな秘密を隠して 
彼は独り歩いた

( 心の部屋には一つの石があり 
( 瞳を閉じた顔が浮かんでいた 

  * 

いつまでも 
辿り着けない場所を求め
掴(つか)めない愛を探し
彼は独り歩いた

( 女の閉じかけた瞳に宿る光 
( 冷たく白い頬の感触 
( 無邪気に差し出された掌(てのひら)の温もり 

  * 

地下道の天井に取り付けられたスピーカーから 
ヴァイオリンの独奏が流れている 

真っ直ぐ伸びる地下道の先にある
ダンボールの家から出て来た人は 
干していた黒い傘を畳(たた)んでいる 

傘を傾け手にした人は
彼の滲んだ瞳のレンズのなかで
何時(いつ)までも
ヴァイオリンを弾いていた




戻る   Point(11)