中原中也記念館に行った日 〜後編〜/服部 剛
、幼い息子が亡くなった時、中也は小さい亡骸を胸に抱いたまま、いつまでも動かなかった・・・と書かれていた。
「あの時は、本当に・・・哀しかったんだよ・・・」
白い明かりにぼんやり照らされた何編もの詩は、暗くなった記念
館の敷地内で無言の内に、語りかけていた。かつてこの世で生きて
いた頃の哀しみを、誰かに聞いてほしくて、詩人の魂は旅人の僕に
呼びかけていたのかもしれない。
中原中也記念館を去る前に僕は、もう一度、建物に入る自動ドア
の前に立った。すでに閉館していた真っ暗な館内をガラス越しに見
つめた僕は、暗闇に不可思議な澄んだ目線で宙を見つめる詩人の顔
を想い浮かべ、
「中也さん、今はもう息子さんと一緒にいますよね・・・」
と心に呟いてから背を向けて、中原中也記念館を出て、湯田温泉駅
へと続く夜道を歩いた。
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