楔(くさび)/虹波
 
もう忘れたでしょう
忘れたのよね

 ソウサ忘レタサ
 キット忘レタ

じゃあなんで下を向いているの?


わだかまりのボートを漕いで
岸が見えた途端
からきし臆病になって
引き返す弱虫
棹をつかむ手が寒さに震えて
意味もなく広がる底なしの湖の果てで
うつむいて
ただ私の笑顔をじっと待っている


馬鹿ね
私なんて
棹をなくしてしまった


不意に差し込まれた楔
もう二人動けなくなっていた
もう二度と会えないというなら
ボートさえ捨てれたのに

勝手に一人
声のする方へ泳いでいって
アキラメに似た満足で
平凡な時間に押されていても
これ以上の汐(うしお)は
目から落ちなかったのに


宿命の楔が産んだ
不埒な愛
疲れ果てた肉体を尚
巴(ともえ)も描けない波が
朝靄の向こうのうそぶいた浮き島に
二人ゆっくりと引き合わせる
あまりにもシンメトリー


ボートは以前にも増して
わだかまる


どうしてなのか

スリル

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