花笑み/落合朱美
 
花曇りの空に舞う胡蝶の
その透きとおった翅を 
欲しいと思う 
やわらかく笑う 
ということを覚えたのは 
いつの頃だったろう 
新しいピンヒールが
足に馴染まなくて 
アスファルトの階段を
降りるたびに脚が震える 
支えになるものが何もないことに 
気づかないふりをして 
凛としていようと思う 
やわらかく笑う
ということを教えてくれたのは 
年上の女友達だった 
「思うがままに在ればいいのよ」 
と、ビオラの音色のような声で
穏やかに笑ったその人は 
ある日ぷつりと弦が切れて 
それからの彼女を私は知らない 
戯れつかれた胡蝶の漏らす 
瞬きほどの吐息にさえも
胸がはりさけそうに痛むのに
まだ笑おうとしている
華やかに
艶やかに
まだ笑おうとしている
戻る 編 削 Point(41)