青年と老婆/服部 剛
誰から声をかけられるでもなく
彼は日陰(ひかげ)を静かに歩む
足元に人知れずなびく草の囁きを聞きながら
上というわけでも
下というわけでもなく
只(ただ) 彼は彼として
日陰の道を往(ゆ)く
打ち棄(す)てられた襤褸布(ぼろきれ)のような老婆が
座って壁に貼りついて
幸せそうにうすら哂(わら)いを浮かべていた
立ち止まった彼はポケットから鞠(まり)を出し
老婆の胸へ投げた
薄汚れた着物の袖(そで)から出たひたむきな細い手は
彼の胸をめがけてまっすぐ鞠を投げ返した
( 地を覆う影は退き
( 日向(ひなた)は何処までも路面に広がった
老婆は大事そうに鞠を入れた懐(ふところ)から
べっこうの飴玉(あめだま)をひとつ取り出し
彼に手渡した
懐かしい甘さを舌に乗せた彼は
老婆に手を振り 再び歩み始める
日向の路面にうっすらと足跡を連(つら)ねて
人知れぬ明日へ
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