桃色の風船/服部 剛
 
私は足場の固まった
真新しいベランダに立っている 

腐りかけた古い木の板を軋(きし)ませて立っていた時 
私は世界の姿をありのままに見渡(みわた)すことができなかった 

今、私は揺らぐことのない足場の上に立ち 
目に映る景色が語りかける風の運ぶ言葉に耳を澄ます 

一本の道を挟んだ向かいには
数ヶ月前の夜遅く 
少女が泣き叫ぶ声を上げていた家の姿が消え去り 
柱に登る外国人の大工がハンマーを打ち込む音が空に響き 
黒土の上に新たなる家の骨組みが構築されている 

道上の電線には 
桃色の風船が 
今にも風に飛ばされまいと 
しがみついている 

ベランダから見渡す世界はやがて暮れゆき 
家々の向こうの山は闇に身を隠す 

窓を閉め 部屋に入ると 
壁掛けの鏡に映された夜の景色に 
たった一つ桃色の風船だけが残されて 
この街の何処かに潜(ひそ)む危うい心臓のように 
今夜も繰り返されている 

淡い明滅 




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