批ギ 田代深子「猿精」/黒川排除 (oldsoup)
焼き付いた強烈なイメージによるこの表現は発展を望まずに焦げるまでそこに焼き付き続けることを望んだ。ましらという言葉が調べても調べても出てこなかった(wikiの索引で一番近いものの名称に「マジレンジャー」とかがあったよ)ので、造語だと信じたいけども、それはそして人名あるいは固有名詞だと考えるけれども、造語による部分的な所有感もまたイメージが一般的というよりは個人的な部分と大いに結びついていることをあらわすものであろう。そのイメージ、所有者自身の手垢の付いたイメージは彼が所有する土地に大いに焼き付いていて、その他に何もないことを強調していた。
だから窓から見えたものは部分的な焦土であった。しかるのちに列車もとまった。ガタガタいわなくなった。この詩の題名、それもまた猿精という造語であった。そのことを確認させるための旅程であった。
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