玉手箱の中身/服部 剛
 
川沿いの道を歩きながら 
澄んだせせらぎを聞いていると
傍らを
自動3輪車に乗ったお爺(じい)さんが
口を開いたまま
骨と皮の手でハンドルを握り
いすに背を凭(もた)れて傾きながら
若い僕の歩行を抜かしていった 

( 助けた亀に連れられて海の中
( 竜宮城へ行ったのはいつの日か 

背凭れいすの後ろの網かごに置かれた
ひもを結び直された黒い玉手箱は
かたかたと音をたてていた

思わず顔をゆるめていると
座ったままの背中は みるみる 小さくなっていった 

( 気がつくと いつのまに 
( 夕焼け空を映した川の水面(みなも)に
( お爺さんの80年の人生絵巻がうっすらと敷かれていた

川沿いの道の遥かな先に
豆粒になったお爺さんの背中と
網かごに置かれた玉手箱

一瞬

星の瞬(またた)きとなり

消えた 




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