木の幹に浮かぶ人影/服部 剛
 
目の前に桜の老木が立っていた

土の下深くへと 
無数の根を張り巡らせ 

空へと伸びる
無数の枝を広げ 

( 薄曇(うすぐもり)の雲間から 白く光る日輪が覗いた

太い幹をみつめていると人影が朧(おぼろ)に浮かび 
枝々を微かに揺らす風は耳元に老木の声を運ぶ

「 私はあなたの内に在り
  あなたは私の内に在り
  桜が無数に咲くように
  あなたの内で私は花開く 」 

身動(みじろ)ぎもしない老木の幹に寄りかかり
再び空を見上げる

( 白く光る日輪の下 翼を広げた鳶(とび)は旋廻していた

命の水は土深い根の先から吸い込まれ
幹を流れ
全ての枝先に滲(し)みわたる 

やがて
人知れず開いてゆく無数の桜の蕾(つぼみ)達
暖かな春の陽射しの訪れを
枝先でじっと口を結んで
待っている 




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