恋の花/服部 剛
仕事帰りにくたびれて
重い足どりで歩いていると
駅ビル内のケーキ屋に
女がひとり
微笑みを浮かべて立っていた
ガラスケース越しに
ふと眺(なが)めるささやかな幸福
その健気(けなげ)な美しさを私はきせきだと思う
吸い寄せられるように引き返し
独り身のくせにふたつのケーキを買う
私は自らを阿呆(あほう)だと思う
部屋の引き出しの奥の日記の中には
古びて黄ばんだ白紙に震える若き日の文字
瞳と瞳をあわせ
吐息と吐息がまじり
互いの間に一輪の花が咲いていた
あの潤(うるお)しい瞬間
薄らいだ記憶を手繰(たぐ)り寄せるように
後ろ髪を引かれながら
ガラスケースに背を向けて
ケーキがふたつ入った箱を手に駅ビルを出る
北風から身を守る灰色のジャンパーの下に着た
白い服に描かれた 一輪の花の絵
不器用な
愛にくたびれて
長い間 うつむいたまま立っている ドライフラワー
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