門出/服部 剛
 
朝早く
風呂場(ふろば)にしゃがみ頭を洗っていると
電気に照らされたタイルに小さい光の人形(ひとがた)が現れ
こちらへ手を差し出した

思わず光の手を握ると
タイルの裏側へするりと右腕は吸い込まれ
「平凡な毎日」
とは別の世界へ行けそうな気がした

     が

右腕だけがタイルの下に埋まったまま
残った体はくい止められて
なかなか入れない

振り返ると
親父と母ちゃんと姉ちゃんと婆ちゃんと
何人かのかけがえなき友が
僕の体がタイルの裏側へ吸い込まれぬよう
僕の透明な首輪に結ばれた光の糸を
皆で握って
歯を喰いしばり
引っぱっていた
[次のページ]
戻る   Point(8)