柱の印 〜働き者の A 婆ちゃん〜/服部 剛
日中婆ちゃん達で歌集を作り
「背(せい)くらべ」の歌詞をファイルに入れながら
「子供の頃、もうとっくに死んじまった
できのいい兄さんの背丈の印に追いつこうと
柱に立って小さい体で目一杯背伸びしては笑われたもんだよ」
と懐(なつ)かしそうに頬をほころばせた
湯飲みをせっせと洗ったり
休憩時間に僕の肩を上手にもんだり
「誰かの役に立ちたいの」という働き者の A 婆ちゃんが
老人ホームのデイサービスが休みの日に
夕暮れの縁側で一人瞳を閉じて想い出すのは
故郷(ふるさと)の家の古びた柱に刻まれた兄さんの背丈の印と
その下に刻まれた幼い少女の背丈の印
やがて古びた柱は消え去り
ふたつの印は並んで瞬く星となる
〜
帰りの送迎者に乗った A 婆ちゃん
ぽきぽき折った小枝に傷付いた
右手の指に滲(にじ)む血を左手で包(つつ)んでいた
少し痛そうで
不思議と嬉しそうな
ガラス越しの顔
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