ユダの闇/The Boys On The Rock
 
あの日は
いつもと同じ穏やかな日差し
ほこり風も吹かず
糸杉の葉摺れの音も心地よく
乾いた空気は風となって額を吹きすぎる
貴重で平和なひととき
ただ それは
カナンの地ではありふれた初夏の一日でもある
しゃれこうべの山から
半ば夢見勝ちに歩いてきたせいか
すれ違う道行く人々の目はどこか訝しげだ
たぶん いまの俺は
まっとうなユダヤ人には見えぬのだろう
ただ 確実なことは
懐の中の銀四十枚の感触
この忌まわしいローマ人のこの貨幣だけは
打ち消しようもない事実だ
・・・あの方の唇の感触が
俺から現実感を奪ったのは ほんの一瞬のことだったが
すでに あの方はこときれ
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