遠近法/
安部行人
彼の眼は遠くの風景を見る
地平に沈む夕陽の色
冬に砕ける灰色の海
湿地を覆う冷たい霧
彼の耳は遠くの音を聞く
森に降る激しい雨
向こう岸の教会の鐘
鉄橋を越える貨車の響き
彼の心は遠くのものを愛する
真空に凍る星の輝き
本のなかの偉大な奇跡
いつか見た終末のまぼろし
彼の眼に近くの人間は映らない
彼の耳に近くの声は届かない
彼の心は近くの苦しみでは揺れない
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