魔法の文字 ー長崎にてー /服部 剛
 
流離=さすら}う旅人の僕の胸の空洞に
聖(きよ)らかな音(ね)は吸い込まれた

   *

グラバー園の頂へと続く階段を上り
洋館のバルコニーから長崎港を見渡す

大海原へと出港する大きい船をみつめて並ぶ
若い父と少年の後ろ姿   

汽笛が低く鳴り響くと真昼の花火は打ち上がり
七色の夢の煙は真夏の空に立ち昇っていた

   *

乗車料金百円の路面電車に揺られ
車内ののどかな乗客をみつめながら 
ドアに凭(もた)れていると
細い老婆は澄んだ瞳で僕を見て
「おすわりなさい」
と座席の細い隙間に皺(しわ)の入った手をたたく

思わず笑みを浮かべた僕は
ゆっくりと首をふり
軽く頭を下げた後
見上げると
車内にぶら下がる広告に浮かぶ黄色い文字

「幸せを呼ぶ魔法の杖は、あなたの胸の内に」

黄色い文字の一列は広告の紙から滴(したた)り落ちて
旅人の僕の胸の空洞に吸い込まれた 




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