2つのコップ/服部 剛
29歳の僕と53歳の N さんが
向き合うテーブルの上に離れて置かれた
2つのコップ
減り具合もそれぞれに
薄い道の途中で佇(たたず)むように
遠い未来の方から
おぼろにやって来る「死」の輪郭を見すえ
これから始まる数十年の「生」の道程を
逆算して日々
裸の自分へと脱皮をしながら歩いてく
僕の視線の先に 重い荷をつめた袋を
背中に ひょい とかついだ N さんは
病み上がりの奥さんの手を
大事にとりながらも
ぼんやり浮かぶ「独りの背中」で歩いており
時折足を休めて振り返るはにかみは
後から糸に引かれながら
たどたどしく歩く独り身の僕を
なぜか ほっ とさせてくれる
29歳の僕と53歳の N さんが
向き合うテーブルの上に置かれた
逆さの眼鏡越しに
離れて置かれた2つのコップを見ると
微かに揺れる水の粒子等は
世代を越えた僕等の語らいを見守るように
いくつもの小さい笑顔の結晶を浮かべていた
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