さよう、なら。の虫/たちばなまこと
 
朝一番の教習所
仄青い雨に濡れ 人々が集う
配車係のカウンターには 秋の虫
鳴いている鈴が耳打ちをする
“ぼくらはさようならの虫なのさ”
明日には居ない私の影
古びた床にすり込む 秋の靴


鉛の雨が教習車を揺する
ウィンカーの点線は雨に打ちつけられて
アスファルトにしみ入ってゆく
後部座席 男の子達のおしゃべりがあの鈴を呼ぶ
“さようならが来るよ”
合図を消して 徐行して
滝のフロントガラスに目をこらせば
雨音に見えてくる


窓を開けて ベルトを外して びしょ濡れになっても
さようならに向かってバックする
先生 100点取れなくても卒業ですか
交差点の横顔に 余裕が無くてもいいですか
はじまりも さようならも 雨の中
いつまでたっても どしゃぶ降りの極点


さよう、なら。 仕方がないね、それじゃあね。
秋が来るのも 鈴がいつか逝くことも
“とびきりのさようならをするために 命に火をつけるのさ”
おめでとうの輪唱が 背中でライム色の輪を描く
先生 あなたに会えてうれしかった
数ある星の種の 一粒だったとしても

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