消えた背中/服部 剛
霧雨の降るぼやけた朝の向こうから
「夢の国行き」と記(しる)されたバスが近づいて来る
後部座席の曇りガラスを手で拭くと
数ヶ月前に世を去った
認知症のゑみこさんが住んでいた空家(あきや)が現れ
誰も開くことのない
足元を草に覆われたドアの向こう側から
「お兄ちゃん・・・、お兄ちゃん・・・」
迎えに行った朝に僕を呼んだあの声が
ドアを透けて聞こえて来る
「夢の国」と記されたバス停で下車し
緑の木々に囲まれ芝生の広がる公園の奥に
ひっそりと佇(たたず)む平屋の老人ホームに入る
湯気(ゆげ)の煙る風呂場では
背骨の浮かんだ丸い背
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