こんにちは 若松さん/たちばなまこと
 
こんにちは
頼りのない足取りの青年が囁く
こんにちは
つぼみのままの桔梗のようなからだが
治療病棟の個室に吸いこまれる
「若松さん。」
人の傷跡が残る廊下に ただよう消毒液のにおい
若松さんの声と残像が霧になって拡散してゆく
クリーム色の壁と肌の明度が近くて
あなたもやがてこの壁に触れるの?
私が触れても壁は 冷たくはね返るだけ

こんばんは
エレベーターの隙間から若松さんを見つけた
こんばんは
おととい沈みすぎたソファーで微笑む
眼鏡の奥の涼しい目元がちょっとゆるんだ
面会者名簿を書き終えてふり返ると
残像だけが霞む
また清楚な霧の尾っぽが病室まで伸びていた
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