きゅうくつはいらない/服部聖一
腕いっぽんでどこででも食っていけるほど
確かな自信はないのだけれど
右の人差し指の付け根にはホクロがあって
昔、好きだったひとの胸元にもホクロがあって
宮沢りえの右目の下にもホクロがあって
太陽にも黒点がある
きゅうくつはいらない
ガードの下には昼でもほの明るいネオン灯がついて
シャッターの閉まった倉庫がならび
まばらな人影が足早に通り過ぎていく
舞台裏のホコリ臭さと、月日のしみと、人の影のにおいがする
時折、地上を阪急が通り過ぎ 小さくゆれる
きゅうくつはいらない
新しい靴は いつも靴ずれで
新しいシャツは いつも首のあたりがカサカサ気になり
よれたシャツと くたびれた靴で歩く
ひと臭い大阪の街は、細い路地の奥にある
きゅうくつはいらない
いのちに近い食べものを いのちの近いうちに食べてしまおう
半年先でも食べられる薬づけの食べものは たぶんもう死んでいる
私が死んだら いのちに近いうちに香ばしく焼いてほしい
ホクロは黒く どうして骨は白いのだろう
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