ネット詩人の墓に花を手向ける 批評文/田中教平
 
しています)

 そうして、障害には等級が存在し
 2級であれば障害年金、月に七万円であるから、カツカツの生活しかできず
 よって、どんな障がい者であれ、労働の義務というのは
 負うていることを加味すれば、論理的に考えて
 2級でも「働ける余地は過分に見受けられる」と
 判断された、という事が、まあ特定個人の場合(おいら)
 言えると思います。
 つまり、法や制度といった部分で、全く間違った言説
 といいますか、創作した言説を疑わず物を書くのは、
 いかがなものかと思うわけです。
 
 そうしてコメント欄を見ると
 明確に「法」という言葉を持ち出して
 作品を解釈している方がいるのに
 なぜ
 それらが全く間違った制度理解であると
 指摘してあげないのか。
 重々承知の上で、「間違っている」と
 伝えてあげる事こそ、ヒューマニズムであり
 本当の優しさではないのか。
 だから、私はこうして朝のくそ忙しい時間に
 こうして一筆、書いたわけであります。
 放言失礼。


 
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