影の声/後期
朝から頭の中が少々騒がしい。
騒がしいが、音はしない。
音がしないのに騒がしいのは妙だと思う。
だが、妙だと思えるうちは、まだ大丈夫である。
もっとも、「まだ大丈夫」と声が急く。
急くということは、理由があるのだろうか。
理由があるなら、騒がしいのも当然だ。
しかし、音はしない。
音のない騒がしさは、騒がしさと呼んでよいのか。
呼んでよいかを考えているのが、そもそも騒がしい。
つまり私は、騒がしさの定義に手間取っているにすぎない。
定義に手間取るのは昔からの癖で、癖なら平常である。
平常なら、やはり大丈夫。
だが、「やはり」と言い直すのはなぜか。
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