『琥珀の襟巻と銀の兎』  第五章:海の底の沈黙/板谷みきょう
 
海には、潮の満ち引きさえ届かぬ深い場所がある。

そこには、きつねの向けた無垢なやさしさも、
人魚の震える鱗も、蛇が入り江に棄てた熱も、
決して届くことはない。

届かなかった祈りの残骸は、
長い時間をかけて物言わぬ石となって沈んでいった。

石は動かず、語ることもない。

誰かを思ってなされた行為が、結果として誰かを傷つけ、
あるいは何にも届かなかったという厳然たる事実だけを、
その硬い体の中に抱え込んでいた。

暗い水底で、石はただそこに在る。

救済という名の物語に
回収されることのない、沈黙の重みとして。
[グループ]
戻る   Point(1)