『きつねの襟巻、人魚のうた』 第一章:襟巻からこぼれた命/板谷みきょう
 
むかし、月が今よりも丸く、
夜がまだやさしかったころ。

きつねの子は、
夜ごと海の底を思っていました。

月の光が届かぬ夜、人魚が歌をやめ、
静かに身を抱くと聞いていたからです。

「せめて、消えない光を。」

きつねは空へ昇り、
母から譲られた琥珀色の襟巻をほどきました。
あたたかく、
命の匂いのする布でした。

それで月を包み、そっと、
しかし強く絞りました。

すると月の光は耐えきれず、
銀の滴となってこぼれました。

滴は落ちる途中で熱を持ち、
白い兎のかたちを得ました。

光は、無理に引き出されると、
もう空へは戻れません。

十六夜の月がためらうように遅れて昇るのは、
その夜の名残が、今も空に残っているからでした。
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