なんたらかんたら/後期
なぜなら、最初から誰も理解していなかったからである。
そのころ私は、街角の電光掲示板に映るニュースを見ていた。
「本日の世界情勢:なんたらかんたらがなんたらかんたらで、結果としてなんたらかんたら」
私は深く安心した。今日も世界は、きちんとなんたらかんたらしている。
ふと鏡を見ると、私の顔は輪郭を失い、表情は「なんたら」と「かんたら」の中間あたりで揺れていた。思考も感情も、希望も絶望も、すべてがなんたらかんたらに還元されていたが、不安はなかった。不安という言葉も、すでになんたらかんたらに統合されていたからだ。
こうして世界は完全に支配された。
軍事力でも、思想でもなく、
ただひたすら、
なんたらかんたらによって。
そしてこの文章も、ここで終わるわけだが、
終わる理由も、結論も、教訓も――
言うまでもなく、なんたらかんたらである。
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